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2011年6月15日 (水)

継承

 

第二次世界大戦末期。

東京を空襲が襲いました。

 

無差別に落とされる焼夷弾で

沢山の一般人と日本の文化を失ってしまいました。

 

食を文化と考えているのは

フランス・イタリア・中国。

そして我らが日本。

 

世界では、

イギリスを筆頭にそのほとんどが

食を「資源」としてしか考えていません。

 

美味しい鰻のタレ。

味噌。

醤油。

そういう蔵をどれだけ失ってしまった事か。

 

そんな中、

老舗中の老舗だったとあるお店の女の子が

爆撃の中、命からがら持ち出した1つの壺から

今日の話が始まります。

 

家族を失い

その壺と共に

昭和天皇の玉音放送を聞いたその女性。

 

終戦後いくばくかの年月が過ぎ

ささやかにも結婚する事になったその女性は

近所に住む、

妹のように可愛がっていた小さい女の子に

「○○ちゃん、この壺、いる?」

と、その壺を手渡しました。

 

身寄りがなかった彼女にとって

その女の子はかけがえのない存在だったのでしょう。

ある意味、形見、餞別として託したのかも知れません。

 

以来、半世紀以上。

その女の子はその壺を大切に

1日も欠かすことなく毎日毎日手入れをしていました。

 

時代は過ぎ、場所が変わり

東日本大震災の日の、丸の内。

大東京が一瞬で止まってしまったあの日に

ヒノマル食堂の社長が助けたお婆さん。

 

都市機能が麻痺して大混乱の中

10時間掛けて家まで無事に送り届けた時、

そのお婆さんが社長にこう言いました。

「お礼に、私の命をあげる」

 

ずっしりと社長の手に託されたもの。

それがこれです。

 

__

 

日付が変わって震災翌日に撮影されたこの壺。

およそこの国ではほぼお目に掛かれないもの。

 

手入れ100年以上という

至高の「ぬか床」です。

 

激動の100年以上を生き抜いて

毎日欠かすことなく手入れされてきた宝物。

 

そのぬか床を、

この3ヶ月間、ヒノマル食堂で大切に育て

ようやくこの夏の新メニューに登場します。

 

おかげさまで、

ヒノマル食堂のメニューに

少し重みが出てきました。

 

 

 

 

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